第3話 決意

- 7 -

明希子は東京駅を始発で乗った上越新幹線を越後湯沢で降りた。北の街の朝の空気はすっきりと冷たかった。

駅前のタクシープールで車に乗る。グッチー精工は市街地からすこし外れたところにあった。

窓から見える風景は、東京よりもずいぶん紅葉が進んでいる。そこには早くも忍びよる冬の気配さえただよっていた。

グッチー精工は花丘製作所とは同業だし、社長の山口は誠一と旧知の仲だ。なにかわかるかもしれない。そう思って明希子は訪ねてきたのだった。

応接室で待っていると、茶のコーデュロイのスリーピースを着た山口が現れた。

いかにも職人的な風貌の誠一にくらべ、口ひげをたくわえた山口は富裕な牧場主のようだった。

「よお、アッコちゃん、久し振り」

「ごぶさたしてます」

「最後に会ったのは成人式のお祝いパーティーだったかな……いや、ちがった、大学の卒業祝いのときだ。お父さん、あんたのことがかわいくって仕方ないんだろうな。なにかにつけてひとを集めて盛大にパーティーするんだから」

「ご迷惑をおかけしました」

「迷惑なんてことないさ。そのたびにアッコちゃんの振り袖姿が見られるんだからね。きれいだったよ、アッコちゃん。――おっと、きょう会って、ますますきれいになってるんで、びっくりしたよ」

明希子は困って微笑むしかなかった。

「そうそ、お父さんていえば、このたびはたいへんなことだったね。私も近々東京に行く予定があるんで、お見舞いにうかがおうと思ってるんだが」

「ありがとうございます」

「ところで、どういう用件でわざわざ訪ねてきてくれたのかな?」

「ええ……」

「いや、特に用事なんてなくても大歓迎だよ。そうだ、久し振りに訪ねてきてくれたんだ、工場でも案内しようか」

グッチー精工の工場は明るく、広く、最新の工作機械がならんでいた。久し振りに見た花丘製作所がすっかり近代化されていたのにも驚かされたけれど、規模が圧倒的にちがっていた。

山口の案内で、明希子は充実した設備を見てまわった。ハイテクマシンが、高精度の、そして高速で加工を行ってゆく。

「そもそも日本は金型立国といっていいんだよ」

と山口が言った。

「世界の四〇パーセントの金型は日本企業でつくられているんだからね。つまり、世界じゅうの製品のなかに組み込まれる部品の大半が日本の金型からできているというわけだ」

「ぜんぜん知りませんでした」

と明希子。

山口は笑って、

「知ってるのはこの業界の経営者たちくらいだろうな。大学の先生も知らない。お役人も知らない。金型企業に勤めている従業員も知らない者が多いんじゃないかな? 日々の作業におわれ、自分たちが世界一の技術のもとで働いていることを知らないなんてもったいない話だ。金型屋は目覚めてほしいな、自分たちの手による仕事が世界じゅうの製品をつくりだしているのだという事実に。そして、世界じゅうの人たちを幸せにする仕事をしているのだという自負を持ってほしい」

――世界じゅうの人たちを幸せにする仕事……。

花丘製作所の仕事もそうなるのだろうか? 

「山口さん」

と、明希子は言った。かつては“おじちゃん”と呼んでいたのだけれど、いまはそうもいかないだろう。

バックナンバー

新規会員登録