「アッコさん、ここって?」
横にいる理恵が遠慮がちに声をかけてきた。
明希子ははっとして、
「ああ……ええ、父の仕事場だと思うの。たぶんね」
「たぶん?」
「きたことないのよ、工場を新築してから。わたしもびっくりしてるの。いつの間にか、こんなハイテク仕様になってたのね、花丘製作所は」
そこで明希子はすこし笑って、
「でも、父の仕事場だけは相変わらずなんだもの。アナログもいいとこ」
その時、
「よー、よー、ネエちゃんたち、勝手に入ってきてもらっちゃー困るんだよなあ」
背後で声がした。
振り返ると、作業帽をあみだにかぶった小柄な工員が立っていた。グリースで固めたリーゼントスタイルの前髪が帽子のつばの下から突き出ている。
「こんなとこうろついてたって、面白ぇーもんなんて、なんもねーよ。それによ、そんな踵の高い靴で歩いてっと危ねーど。油ですべって転ぶぞ。んで、カッチョイイそのスーツが汚れっぞ。そしたらツライべ? 泣けるべ? な? な?」
ひとりでしゃべっていた。
「こら!キク!!」
やはり作業服に作業帽の年配の男性が現れて、小柄な工員を怒鳴りつけた。
「あ、クズさん」
その男性なら明希子も知っていた。ベテラン職人の葛原だった。
「いやさー、このネエちゃんたちが、うろちょろしてるんで、“危ねーよ”って注意してたんだよー」
キクと呼ばれた工員が言う。
「失礼なこと言うんじゃねえ」
葛原が言って、こちらに向き直った。
「いや、お嬢、失礼しました。このバカ、口のきき方ってものを知らなくて。なにしろ田舎モンの暴走族上がりで」
「よー、クズさん、そんな言い方はねーだろ。〈血美泥〉ったら、東北南部じゃあ、ちーと知れた族なんだぜ。福島の国道沿いには赤いスプレーで書かれた〈血美泥〉の文字が〈喧嘩上等〉って言葉といっしょに踊ってるぜ」
「いいかげんにしろ!」
葛原がキクの帽子をつかみ、リーゼントの前髪を押し込んだ。
「帽子はきちんと被れって言ってるだろうが!」
「なにすんだよー。“これからの工場は、もっとスタイリッシュに”って、社長も言ってるじゃんかよー。“暗い、汚いはもう古い”って」
――お父さん、そんなこと言ってるんだ。
明希子は思った。
隣で理恵が、2人の男のさっきからのやり取りに、我慢できずにくつくつ笑っていた。
「お嬢、このたびは社長がとんだこって。さぞご心配でしょう」
葛原が律儀そうに言って帽子を脱ぐと、短く刈り込んだ胡麻塩頭があらわれた。
「クズさん、その“お嬢”はやめて」
明希子は言った。
「よー、よー、誰なんだよ、このネエちゃんは?」
「バカ! お嬢だよ!! 社長のお嬢のアッコさんじゃねえか」
「ええ!」