テーブルのうえにならべたトランプを、伊澄がくるりとひっくり返し、もういちどひっくり返してみせると、赤かった裏の模様が青に変わった。
伊澄がこんどはグラスにコインを入れた。そうして涼しい顔で、なかのコインをグラスの厚いガラスの底を通すようにして取り出してみせた。
タネがあるのが手品なわけだから、きっとなにか仕掛けがあるのだろうけれど、間近で見ているのにまったくそれがわからない。
伊澄は自分の手もとを食い入るように見つめる昌代と泰子の反応をたのしむかのように、筒状にした千円札に水をそそいだ。次の瞬間には、その水は消えていた。そうして、こんどはその千円札を両手のあいだで宙に浮かせてみせた。
「わあ!」
「どうなってるの?」
昌代と泰子が歓声を上げる。
フィリピンから帰国して半月後、ふたたび社用で東京にやってきたという伊澄が花丘製作所を訪れていた。
「でも、驚きました」
と明希子は言った。
「どのマジックや」
「いいえ、ISPCのことです。伊澄製作所では、フィリピンで金型の設計を行い、ネットでそれを送信し、日本で金型をつくっているんですよね」
伊澄が当然のことのようにうなずいた。
「わたしはこんど見学にうかがうまで逆だと思っていました。設計は日本で行い、製作を海外工場で行うものとばかり思っていたんです」
「そのやり方は、日本の設計技術を海外に教えきれなかったからや。長時間工数のかかる作業である設計は賃金の安い国で行い、日本でNC工作機などをつかって無人加工をすれば、どの国よりも安く金型が製作できる。そやろ」
今後、ISPCではさらに設計者を増員し、簡単な部品から順次マニラで設計を行い、日本にいる設計者は開発だけを行う方向で進めていくという。
「それから“製造業の女社長は難しいのか?”いう質問な。あれ、男も女も関係ない、やるしかないやろ、いうのが私のこたえや」
「そのこたえには、マニラでわたしも行き着きました」
「ほうか」
「ローズを見てみろ、ですね」
「いや、アッコさんに会ってみてそう思った」
「え?」
「アッコさんのような元気な社長が率いる中小企業がどんどん出てきて、競争力を増せば日本のモノづくりの未来は心強いいうもんや」
伊澄が応接用のソファから花丘製作所の事務所で働く人々を見渡すようにした。
隣で、明希子も自分の会社を眺めてみる。
――日本のモノづくりの未来。
その時だ、
「アッコさん!」