第7話 家族

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「突然そうおっしゃられましても……」

明希子は言葉につまった。

「ええ」

と、電話の向こうで銀行担当者が言ってから軽く咳払いした。

「失礼。しかし、先日、花丘さんがうちにいらしたあとで、上席が急に“どういうことになってるんだ?”と言い出しましてね。貴社の状況を伝えると、“そりゃあ早く返してもらわないと困る。半分だけでもいいからすぐに返してもらえ”ということになって」

明希子は眼の前が真っ暗になる思いだった。

受話器を置くと、「どうしました?」という声のほうに呆然と眼をやった。社長室のなかに菅沼が立っていた。

「工場長……」

「昌代さんが銀行からの電話をアッコさんに取り次いだんで、なんだろうって、居ても立ってもいられなくて。いや、ノックはしたんですよ」

明希子はメインバンクからの要求を彼に伝えた。

「“貸しはがし”ってやつだな、そりゃあ」

「かしはがし?」

「貸し付けているカネを、こっちがいやだって言ってるのに回収しちまうことですよ。向こうにとって、もはやうちは不良債権てことなんでしょう」

「なにが不良債権よ!冗談じゃないわ。上席に直接掛け合ってみる!!」

明希子はふたたび受話器をとった。銀行に電話し、担当者を呼び出して上席と話したい旨を伝えた。

「さあ、忙しいし、お取り次ぎできないかもしれませんよ。ちょっと待ってください」

彼が迷惑そうに言って、保留のメロディー音が流れた。

明希子は待った。

「もしもし」

まぎれもなく先日会ったあの上席の声だった。

「花丘さん? この電話のご用向きはうかがわないでもわかりますよ。ただね、こちらの返事は、残念ながらノーです。私はね、こう思うんだな。いいですか、だめな会社はだめになるだけです。いわば自然の摂理だ。イッツ・ナチュラル! ひゃはははははは!!」

上席の甲高いヒステリックな笑い声が耳もとで響き渡った。明希子は電話を切ると、怒りと屈辱でからだが震え、歯がかちかち鳴った。くやし涙が出そうになり、視界がぼやける。

――あんなやつにつまらないことを言われたくらいで、涙なんかこぼしてたまるか!

明希子は立ち上がった。

「とにかく銀行まわりよ。なんとかしなくちゃ!」

その都市銀行の男性行員は組んだ両手を応接テーブルに乗せ、静かに明希子の話に耳を傾けていた。話が終わると、

「わかりました」

と、やはり物静かに言った。

菅沼と明希子は相手の次の言葉に期待をかけた。

すると彼は、眼のまえに置かれた花丘製作所の決算書をいちども開くことなく、くるりと向きをかえるとテーブル上を滑らせるようにして押し返してきた。

「お引き取りください」

ひと言もない菅沼と明希子に、

「話はわかりましたと申し上げているんです」

そう言って帰ることを促すように立ち上がった。

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